キリモミ君の作戦(六)

 遠くで雷鳴が響きだした。従者長はすっかり人が変わったような顔つきをして、キリモミ君に言った。
「旦那様は最近、調子が悪いんだよ。今日みたいに空に厚い雲が立ちこめているような日は特に調子が悪い。」
従者長は『かの有名な金持ち』の背後に歩み寄り、そこに立っていた若い整備工を押しのけるようにした。
「そして、俺も今日は歯が痛い。気圧のせいか?まあ、面倒な事はもういいじゃないか。」
従者長は他の従者達に向かって話しかけるように言った。
「みんなも薄々感じていたんじゃないのか?」
キリモミ君は従者長が何を言いだしたのかという目で見た。従者長は続けた。
「そう、旦那様は変わった。どこがどういうふうに、って細かく言い出せばキリがないが、以前の旦那様とはまるで別人みたいだ、と思ったことはないか? 旦那様と長く接してきた者ほど、心の中ではそう思っていたはずだ。以前の旦那様だったらこんな決断は下さなかったのでは? 以前の旦那様だったらこう言ったはずなのに・・・。そう思うことがたびたびある。いつから旦那様は変わってしまったのか? 記憶を遡ってみれば、・・・そう、八年前のあの時あたりからだ。ウズラちゃん、八年前、君のお父さんとお母さんが『大いなる機械』から逃れてからしばらくの期間、二人をこの館にかくまっていた時期があった。旦那様にとっては、娘さんと一緒に過ごすことが出来た最後の時間だった。あの頃、健康に重大な問題を抱えていて、すっかり気弱になっていた旦那様が、見違えるように元気になり、生きる気力を取り戻された。それは私にとっても本当に嬉しいことだったよ。だが、・・・そんな時間は長くは続かなかった。ウズラちゃんの両親は安全を確保するため、そう長くはここには居続けることは出来なかったのだ。別離の時がやって来ることを私は心配していたよ。あんなに元気を取り戻された旦那様にとって、再度の別離が逆に大きな痛手になるのではないか? 気を落とされ、生きる気力を再び失ってしまうのではないか? 病気が再発するのでは? だが、現実的には、私が予想できなかったほど、旦那様は気丈でしっかりしておられた。別離の後も日々の仕事を以前にも増してしっかりとこなされ、少なくとも傍目には・・・娘さんと二度と会えなくなるであろうはずなのに・・・悲しい様子を見せたことも一度としてなかったよ。だが、その頃からだ。私は、どことなく旦那様に違和感を感じるようになったんだ。私は思っていた。しっかりしすぎている。まるで機械みたいだ、ってね。」
従者達の様子に落ち着きがなくなってきた。従者長はそんな彼らを制するように次の言葉を言い放った。
「そうだ。機械みたい、じゃない。本当に今のこの旦那様は機械だ。あまりに精巧すぎる出来に、私はつい最近までその確証を持てなかった。だが、・・・今は断言できる。この旦那様は本物の旦那様ではない。機械で出来た、偽の旦那様だ。ウズラちゃん、君の両親はこの偽の旦那様を作り、いつの間にか、本当の旦那様とすり替えていたんだよ!」

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