キリモミ君の作戦(五)

 「だが、私はある日、この絵に娘が描かれていて、この絵だけが無傷のまま、何もされずに残っている事に気がついたのだ。私は怖かったんだよ。親が娘の顔を忘れる訳が無いと思うだろうが、実はそうじゃないんだ。私はある日、突然、実の娘の顔をハッキリと思い出せなくなっていることに気がついたんだ。不安になればなるほど、娘の顔の細部が思い出せない。もしかしたら、私は娘の顔をそんなにまじまじとしっかり見てこなかったのかもしれない。だが、確認しようにも写真はおろか、絵でさえも娘の顔の記録はどこにも残っていなかったんだよ。だから、この絵を発見したとき、私は狂喜したものだ。そして、顔の部分に細工を施し、何度も何度も、絵の具を拭き取ったり、また、塗り返したり、を繰り返したんだ。この気持ちは君には分かるまい。」
老人は、そこまで一気に喋ってしまい、そこではじめて大きく息をついた。館の上には黒い雲が低く垂れ込め、今にも雨が降ってきそうな感じであった。
「だが私が財産の相続を目的として、ウズラちゃんやキリモミ君に親切にしたと言うのは間違いだ。それは、・・・絶対・・・に・・・」
突然、『かの有名な金持ち』の言葉がかすれはじめ、そこで途切れてしまったのだ。キリモミ君は『かの有名な金持ち』の次の言葉を待っていた。だが、老人は口を半分開けたままの状態で止まってしまっていた。防護服に身を包んだ従者達がざわめき、先頭にいた整備工の男が背中を押され、前に出てきた。整備工の男は『かの有名な金持ち』の老人の前に立つと一礼し、背後に回った。そして、気合いを込めて、老人の背中の辺りをドン、と押したのである。思い出したように、老人の言葉は再び始まった。
「・・・ありえない・・・の・・・」
だが、やはり言葉はそこで止まってしまったのだ。
キリモミ君は老人に駆け寄り、心配した顔でのぞき込んだ。そうだ、最初にこの館を訪れた時にも同じような事があった。だがあの時は従者に一度、背中を押されただけで元に戻ったのに・・・。今は様子がおかしかった。その時である。突然、防護服を着た従者の中から笑い声が聞こえたのだ。他の従者は、その笑っている人物の方を振り返った。そして、・・・その笑い声をあげていた従者は、かぶっていたマスクを脱ぎとった。それは、なんと従者長だったのである。従者長の顔つきはまるで別人のようだった。

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