南風

 丘の上には強い南風が吹いていた。雑草が大きく波を打つように押し寄せ、その中に頭を僅かにのぞかせて、丘のてっぺんにチンザ君が見えた。澄み渡ったヒバリの鳴き声の下で、彼は普段と変わらず、その姿はまるでお地蔵様の如く不動だったが、よく見てみると、彼の眼は丘の上に向かって進んでくる薄汚い腹話術人形の姿を三十分も前からずっととらえていたのである。
キリモミ君の目的は今度こそハッキリしていた。どこかに置き忘れてしまったらしいあの青い金属製の箱・・・ウズラちゃんのタイムカプセルを一刻も早く探し出す事だった。可能性として考えられるのは、ネズミのチューが言っていたように、『かの有名な金持ち』の八人の従者が運転する昆虫車の中か、そうでなければ、この丘の上のチンザ君のそばにあるはずだったのだ。だが・・・息を切らしながら丘のてっぺんまで登ってきたキリモミ君にとって、その結果は喜べるものではなかった。チンザ君は言った。
「あの青い箱は、あの夜、君たちが急いで町に戻る時に持って行ったんだよ。残念だけど、ここには無いね。」
その言葉にガッカリしてしまったキリモミ君だったが、そうは言ってものんびりしている場合ではなかった。ここに無いとすれば、可能性としてはあと一つ、やっぱり昆虫車のどれかの中にあるに違いないのであった。休む間も無く出発しようとしたキリモミ君にチンザ君は言った。
「道路拡張計画の話は聞いただろう? 俺はどこかに撤去されることになるんだってね。でも気にすることは無いよ。人間達は俺をお地蔵様だと思い込んでいるから、そう手荒なことはしないだろうよ。」
キリモミ君はチンザ君に言った。
「そんなことはさせないよ。この一週間のうちに決着をつけるさ。」

 ウズラちゃんの容態も気になった。そして、あのタイムカプセルの所在も・・・。キリモミ君は背中を南風に押されて、歩く足をさらに早めた。青空の中、うなり声をあげながら進む南風はキリモミ君より一足先に丘を下りきり、更に北に位置する『かの有名な金持ち』と八人の従者の住む町にたどり着いて庭園の木々を激しく揺らした。そして、その小さな町の中心に建つ館の最上階の窓ガラスを叩くように吹きつけて、そして再び大空へと抜けていったのである。



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