みんなの代表(一)

 拍手喝采の交通安全教室の後、ミニパトカーに乗せてもらって来たキリモミ君とチューは、丘へと続く道の途中まで来たところで停めてもらい、車を降りることにした。婦人警官のお姉さんは名残惜しそうに言った。
「本当にこんな所でいいの? 目的地まで乗せて行ってあげるのに。」
彼女は一瞬、目に寂しそうな色を浮かべたが、すぐに気持ちを入れ直すようにパッと目を輝かせ、声に力を込めて言った。
「キリモミ君、本当にありがとう。私は今まで他人から言われたことを覚えることに一所懸命で、自分の頭で考えるということをしていなかったのね。あなたからはかけがえのない大切な物をもらったわ。」
キリモミ君はボソッと言った。
「僕たちもこれから大切な物を探しに行くんだよ。大切な友達のためにね。」

 雑草に覆われた丘へと続いている道を歩いて登っていたキリモミ君は、ふと足もとにある何かに気づき、足を停めた。キリモミ君は足もとの何かをじっと見ているようだった。チューは何事かと思ってポケットの中から顔を出した。キリモミ君は視線を足もとから周囲へと移し、そして自分がいるこの丘全体を見回して感嘆の声をあげたのだ。
「チュー、見てごらんよ。僕は今までこの丘は雑草に覆われた墓場みたいな所だと思っていたけど・・・、ほら、小さな花が咲いているよ。それに・・・。」
確かに一見墓場のようなこの丘にも、ちゃんと生命は息づいていたのだ。雑草はしっかりと根を張り、丘を覆い尽さんばかりの勢いだった。そんな雑草の中のあちらこちらからは小さな花が顔をのぞかせ、また、まだ背は小さいながらも木がまばらに生えてきていた。地面には虫達が這い回り、草むらの中からは鳥達のさえずりが聞こえてきた。かつてここにあった人間の町は死んだが、その一方でこの丘は小さな生き物達の楽園になっていたのである。が、しかし・・・。
突然、地響きのようなエンジン音が近づいてきたのだ。草の陰からは鳥達が一斉に羽ばたき、飛び立った。キリモミ君がそのエンジン音の方に目を向けて見ると、・・・巨大なトラックが一台、荷台にこれまた巨大な重機を載せてやって来たのである。そして、トラックの運転手は目の前にいる薄汚い腹話術人形にようやく気がつき、慌てて急ブレーキをかけた。まるで油の切れた水車の如き音を立ててトラックは止まった。運ちゃんは舌打ちをしながら怒鳴った。
「おい! 邪魔だ、邪魔だ! どけ! このクソボウズ!」
キリモミ君はその横柄な態度の運ちゃんにカチンと来ていながらも、負けずに怒鳴り返した。
「どいてやってもいいさ! だけど追い越しできないくらいに細いこの道を先に進んでいたのはこの僕なんだよ! 追い越させてもらいたいなら、それなりの態度を示して欲しいね!」
それを聞いた運ちゃんは鼻を鳴らして笑った。
「元気のいいクソボウズだな。気に入ったぞ。だがな、俺はお上(かみ)から言われた工事を始めるためにコイツを降ろしに来たんだよ。その工事が済めばこの道もだだっ広(ぴろ)い四車線道路になるんだから、そう文句を言いなさんな。」
そんな話は初耳だった。運ちゃんの話によると、この道は一週間後から工事が始まり、一年で完了するという。更にこの道路拡張によって、かなりの草木が掘り返され、なんと丘の上のチンザ君も撤去されてしまうというのだ。
キリモミ君は鼻息を荒くし、叫ぶように言った。
「そんなの困るよ。一体、誰が何のためにそんな工事をやる資格があるのさ!」
運ちゃんは付き合いきれないといった顔で面倒くさそうに言った。
「知らねえよ! すべてお上(かみ)の決めたことなんだからな。みんなの代表である議員さんや市長さんの決めたことだ。俺にかみついてどうするんだ、このバカ!」
それでも納得の出来ないキリモミ君は、運ちゃんの制止も聞かず、『みんなの代表』という面々に直談判する決意を固めたのだった。とんでもないお荷物を背負い込んでしまった運ちゃんは、渋い顔をしながらもトラックの助手席にキリモミ君を乗せ、町の中心部へと走り出して行ったのだ。



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