警察署内のキリモミ君

 パトカーに乗せられ連行されたキリモミ君は、といえばどうも事態がハッキリと飲み込めていないようで、残念なことに反省の色も全く見られなかった。それどころか初めて乗るパトカーというものにかなりの好奇心をそそられていたのである。さらに昆虫車とはまた一味違う運転操作方法をチェックすることも怠らなかった。そして、機会があればこのパトカーというやつも是非運転してみたいものだ、なんてことを考えていたのである。ポケットの中のチューは、といえば、ポケットの底の方に丸くなって身を潜めていたが、ポケットの口のわずかな隙間から見えるキリモミ君の表情から、だいたいどんなことを考えているのか想像がつき、呆れて深いため息をついていたのだ。
 キリモミ君は署内の一室で待つように言われた。キリモミ君の周囲では同様に何らかの違反やら過失とやらを犯して連行された人達、あるいは出頭してきた面々が溢れていたので、何か異様な雰囲気が漂っていた。不思議なことに反省している人というのはほとんどおらず、大部分の顔が不満で一杯のようだった。そんな中でキリモミ君は・・・珍しいことにじっとしていたのだ。というのも実は周囲の人間達がヒソヒソと話している話の内容に耳を傾けていたのである。ある男はスピード違反で捕まり、ある女は駐車違反で捕まっていた。面白いことに、ここに連れてこられた理由はさまざまでも彼らの口から一様に漏れてくるのは「みんなやっているのにどうして自分だけが・・・」ということだった。
しばらくじっと聞いていたキリモミ君だったが、突然、鼻を鳴らしてこう言った。「ふん、なるほど、そうなのか。」それを聞いてポケットの中のチューはハッとした。しばらくこのパターンがなかったのですっかり油断していたのである。だが既に遅かった。キリモミ君はチューの耳を引っ張りながら次の言葉を発っしてしまったのだ。
「ねえ、チュー聞いてごらんよ。世の中の政治家やら役人達の口からも同じような言葉を聞いたことがあるよね。『みんなやっているのにどうして自分だけが』って、ここにいる人達は心の底では汚職している警官やら役人達、そして政治家連中を憎んでいるくせに、実際には同じ論理の持ち主なのさ。違反は違反なんだから犯した以上、潔く罰を受けてやればいいものを、同じ罪を犯しながらも処罰されずに済んでいる人間を羨んで嘆いているなんて一体全体、どういうことなんだろうね。もしかしたら、ここにいる人達ってみんな捕まらずに罪は犯したいっていう考えの持ち主ばかりってことなのかな。」
この部屋でのキリモミ君の記憶はここで途絶えてしまう。キリモミ君は色めきだった周囲の『不運な』違反者諸君に取り囲まれたかと思うと、バラバラに壊されて部屋の隅の自動販売機の横にあったゴミバケツに放り込まれてしまったのだ。
「やれやれ。」
チューは呆れた顔で無残な姿のキリモミ君に言った。
「まったくもって君の世間知らずには困ったもんだよ。壊されたくなかったら発言は慎まなくっちゃ。」
そして、騒ぎに気づいて駆けつけた署員達の足をくぐり抜けて、どこかに去っていった。
その部屋で何があったのか、署員の問いかけに誰もが下を向き、言葉を濁した。問題だったのは『無免許運転』および『スピード違反』、そして『シートベルト不着用』と『車を盗んだ』容疑で連行したはずの容疑者一名の姿が忽然と消えてしまったことであった。



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