最後の仕事(二)

 同じころ、キリモミ君とウズラちゃんは丘の上に突然現れた昆虫車に乗せられて、町を目指していた。車を運転していたのは『かの有名な金持ち』の八人の従者の中の一人であったが、彼の表情は終始こわばっていた。ウズラちゃんは叫ぶように言った。
「急いで! 早く町へ!」
さすがのキリモミ君も嫌な予感がしていた。ポケットの中のチューの耳やしっぽを落ち着きなくいじっていた。
「プロトタイプのやつ。・・・あいつ、一体何をするつもりなんだろう・・・。」

絶望感に打ちひしがれ、死んだようにうつむいた用務員のおじさんは白衣をまとった研究員達に両腕をつかまれ、部屋から連れ出されようとしていた。黒服の男はそんなおじさんの背中に向かって言った。
「もう、あんたには会うこともないだろう。思いもかけない結末になったな。心中察するよ。・・・ごきげんよう。」
用務員のおじさんの足が止まった。その気配に気がついたプロトタイプは閉じていた目をハッと見開いた。おじさんは顔を上げ振り返って言った。
「私の負けだ・・・、認めるよ。だが、お願いだ。私も立ち会わせて欲しい。見ておきたいんだ。その部品を。父が生涯かけてもかなわなかったもの、私が半生をかけて守ってきたものの姿をこの目で見たいんだ!」
黒服の男は返事をしなかった。そして・・・再び目を閉じたプロトタイプは心の中で自分の最後の仕事が計画通りに進まなくなることを恐れていた。スカーフにサングラスの女、ヘラヘラ男、そして数人の研究員達が既にプロトタイプを作業台の上に固定していた。プロトタイプはこのもう後戻りできない状況の中で、残された選択肢と、その結果を計算し始めていたのである。失われるものと、そのかわりに得られるもの・・・。どうして世の中は思うように行かないんだろうか。プロトタイプは考え続けていた。

 ウズラちゃんとキリモミ君は『あったりめえの関所』に向かって建物と建物の間の隙間を息を切らせて走っていた。そうしてようやくたどり着いたのだが、そこにはあったりめえのおっさんがすごい形相で立ちはだかっていたのである。おっさんは頑として動かなかった。
「ここを通すわけにゃいかねえ!」
「おっさん、お願い! 時間がないの!」
「どうしても、通すわけにはいかねえんだ。ウズラ、わかってくれ。」
「わからない! 全然わからない!」
あったりめえのおっさんの顔にふと悲しい色が浮かび上がった。
「恨まれても仕方ない。だが、お前を愛している全ての人の声がオイラには聞こえるんだ。何が何でも今は通すわけにはいかねえ!」
その時だ。巨大な爆発音とともにとてつもない振動が襲いかかってきた。数十メートル先の壁が爆風で吹き飛ばされ、火柱が上がっていた。あったりめえのおっさんはとっさにウズラちゃんとキリモミ君をふところに抱え込み、降り注ぐコンクリートの破片から彼らを守っていたのである。
なにがなんだかわからなくなっていた。ウズラちゃんの意識は遠のいていき、そしてキリモミ君とともに深い深い闇の中に堕ちていったのである。


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