最後の仕事(一)

 東の空の雨雲が少し白み始めていた。まだ夜明けまでには時間があったが、その頃『大いなる機械』内部の一室では、新たな動きが起こっていた。黒服の男は立ち上がり、用務員のおじさんがつながれている機械のスイッチの前に立った。
「そろそろ時間だ。あんたにも覚悟を決めてもらわねばならない。」
その時だ。入り口の所で急にざわめきが起きた。ただならぬ気配に黒服の男や用務員のおじさんの目もそちらにくぎ付けになった。数秒後、入り口付近を取り囲んでいた研究員たちの人垣が崩れたかと思うと、そこからボロボロに擦り切れた服を身にまとった腹話術人形が歩み出てきたのである。そして、あっけにとられている一同の目の前で腹話術人形は言った。
「目的はこの僕なんだろ? いいよ。面倒なことはもうやめだ。僕を好きにするがいいさ。だけどその人は解放してやってくれよ。あんた達は僕の内部の部品さえ手に入ればそれで満足なんだろ?」

しばらく、状況は静止しているかのように見えた。白衣を着た研究員たちは固唾をのんで動向を見つめ、腹話術人形は何もしゃべらず、スカーフにサングラスの冷徹な風貌の女は表情一つ変えないで、ヘラヘラ男はヘラヘラ顔のままだった。そして、饅久はうつろな目で遠くを見ていた。そんな沈黙を破ったのは黒服の男だった。
「いいだろう。その通りだ。我々の目的はあの部品だ。これは八年前から変わっていない。それが手に入れば、この老いぼれは不要だ。今すぐ帰っていただこう。」
ハッとした研究員たちは用務員のおじさんに駆け寄って、装置から外しにかかった。
それを見ていた腹話術人形はポケットの中にそっと手を入れ、すっかり汚れてしまったネズミを取り出すと、誰にも聞こえないような小さな声で耳元にささやいた。
「お別れだよ。元気でね・・・。」
小さなネズミは腹話術人形の手から床へと放されたものの、悲しそうな目で今までずっと付き添ってきたパートナーの顔を見上げた。
「さ、早く。振り向かないで走るんだよ。」
腹話術人形の声に促されるようにネズミは出口に向かって走った。そして、それは永遠の別離を意味していた。
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