生みの親

 途方にくれていたウズラちゃん達の前に見覚えのある昆虫のような形をした車が現われたのはそれからすぐのことだった。くろがね色のその車からプロトタイプの腹話術人形を抱えて降り立った男は『かの有名な金持ち』の八人の従者の中の一人で、彼はウズラちゃんにキリモミ君の『生みの親』から連絡があったこと、その気があれば彼のところにみんなを乗せていくつもりであることを伝えた。キリモミ君のおかげでとんだ厄介事に巻き込まれて憤慨しているプロトタイプ以外の面々は二つ返事でその車に乗り込んだ。みんなを見送りながらプロトタイプはポケットの中のシロネズミに言った。
「これ以上付き合ってられるかい。何で僕があんなボロ人形のとばっちりを受けなきゃいけないのさ!」


 窓に仄(ほの)かな明かりの灯るさびれた電機屋に音もなく近づいた昆虫車は、誰にも気づかれないようにウズラちゃんと用務員のおじさん、そしてネズミのチューを降ろすと音もなく消えるように去っていった。
薄暗い店内の奥からわずかに明かりが漏れていて、入ってきた彼らの気配に気がついたのか、ぼんやりとした明かりの中に青い人影が浮かび上がった。紛れもなく、あのキリモミ君の『生みの親』の男だった。用務員のおじさんは彼に話しかけた。
「失礼だとは分かっているが、私にはまだ事情がよく飲み込めない。私が聞いている話ではキリモミ君を作ったのはここにいるウズラちゃんのお父さんだと思っていたのだが・・・。あなたがキリモミ君の本当の生みの親なのだろうか?」
青い影に沈んでいた男は、少し間を置いてから答えた。
「いいや、正確に言えばキリモミ君はゴミの中から生まれたんだ。そうさ、全ての部品(パーツ)は俺がゴミの中から見つけてきたものだよ。そして、それを組み立てた。・・・おやじの時代は良かった。どんなものでも修理して使ったもんだ。俺もおやじのそんな手元を見て育った。まるで魔法みたいに思えてね・・・あこがれたよ。俺もこの技術を身に付けて、大人になったらこうやって壊れた機械を修理して、よみがえらせる仕事に就くんだってな。ところがどうだ。大人になってみれば全ては使い捨て、買い替えが当たり前の世の中になっちまってた。今じゃ俺の技術なんて何の役にも立ちゃしない。そう、これは自分のためにやってることだ。こいつが壊されても俺が必ず直してみせる。それしか出来ないんだよ! 俺には!」
用務員のおじさんは言った。
「お願いがある。ぜひキリモミ君の内部を見せてもらえないだろうか。」
「うすうすは気づいていたよ。何かの部品が問題なんだろう? そのためにあんた達を呼んだんだ。いいよ。今から作業を始めるところだ。立ちあってくれ。」

 そして、それからしばらくの時間が経った。やがて作業部屋から汗でびっしょりになって出てきた用務員のおじさんはぐったりとして、ウズラちゃんの前に座り込んだ。
「どういうことだ。さっぱり分からん。あの男の話は本当だ。キリモミ君の中にあるものは全ていろいろな古い機械の廃品の寄せ集めだよ。ということは・・・あの部品は一体どこにあるんだ?」
それまでずっと黙って、ひとり何かを考えている様子だったウズラちゃんは小さな声で話し始めた。
「おじさん。・・・私、覚えていることがあるの。お父さんとお母さんがいなくなる前、お父さんが私にきれいな箱をくれたのよ。中身が何かは教えてくれなかった。私が大人になるまで見ちゃいけないって、タイムカプセルだって言ってね、うちの庭にはえていた大きなイチジクの木の根元に一緒に埋めたの。前からそれを探して掘り出そうと思っているんだけれど・・・あのあたり一帯が八年前のあの時『大いなる機械』につぶれされてしまって、そしてそこに新しい工場が建ったでしょう? 私の家がどこなのか、その場所さえ分からなかったんだけど・・・私の知り合いの『あったりめえのおっさん』が工場の隙間のどこかに新しくイチジクの木が生えてきた場所を知ってるって言うのよ。きっと一度は切られたあの木がまた生えてきたんだわ。・・・もしかするとあの箱の中にその部品が?」
その時、元通りに直されたキリモミ君を抱えた『生みの親』が作業部屋から出てきて用務員のおじさんに話しかけた。
「もしかして、・・・あんた、前澤教授の息子だろう。それでようやく話が見えてきた。あんたらが捜している部品って、・・・まさか・・・あれなのか? 本当にあれは完成したのか?」

 キリモミ君は次第にはっきりしてくる意識の中で、全ては大人の間の話だと思っていた。よく分からないけれど、自分を取り巻くこの世界で、流れを握っているのは常に大人なんだ。どうしてなんだろう? 大人は子供にあれしちゃいけない、これしちゃいけない、悪いことはするなって言うけれど、本当に悪いことをやっているのはいつだって大人なんだ・・・。と思っていた。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送