くろがね色の車の中で

 猛スピードで走るくろがね色の車の中で、袋に詰め込まれたプロトタイプの腹話術人形は口に貼られたガムテープのおかげで声も出せず、ただじっと聞こえてくる音に耳をすましていた。若い男が一人でヘラヘラと話していて、その話を総合すると自分はどうやらあのボロ服を着たキリモミ君と間違えてさらわれているようだったが、このことがプロトタイプの自尊心をたいそう傷つけていた。さらに気になることをヘラヘラ男は口走った。
「会社からの情報通り、こいつをバラバラにして中から例のブツが出てきたら特別ボーナスの支給は間違いなしでしょうねぇ、先輩!」
プロトタイプにとって、これはただならぬ事態だった。月産一万体の大量生産品のキリモミ君とは違って、プロトタイプである彼の作りは熟練の人形職人の経験と勘による手作業の産物なのだ。素材と技に磨きをかけて作り上げられたプロトタイプは一度壊されたら作った職人以外の者には修復が不可能なほどデリケートなモノなのである。そんなことを考えているとき、どうも車の中の様子がおかしくなってきた。今まで無言であった女が突然声をあげた。
「見ろ! 誰か追ってくるぞ! もっとスピードを上げろ!」
くろがね色の車の後方から何やら昆虫のような形をした車が二台、すごいスピードの割には音もなくグングンと追い上げてきていた。ヘラヘラ男もさすがにヘラヘラしてはいられなくなり必死にハンドルを握ってアクセルを踏み込んだが、勝負は目に見えていた。くろがね色の車を両側から挟み込んだ昆虫車から覆面をした者たちが飛び移り、プロトタイプが入った袋を奪うと、急旋回してはるか彼方に走り去ってしまったのだ。
慌てて後を追おうとしたくろがね色の車は、みるみるうちに燃料が無くなり、タイヤの空気が抜けてわずか百五十メートル進んだところで全く動けなくなってしまった。
 スカーフを被ったサングラスの女はハンドバッグから無線を取り出すと表情も変えず話し出した。
「例の腹話術人形を何者かに奪われました。今まで全く見たことのない連中です。我々以外にもあれを狙っている奴等がいるのでは・・・。」

 動けなくなったくろがね色の車は、何もない荒野の中でうつろなうめき声をあげ、日暮れまでには完全に息絶えてしまったのだった。

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