ところが思いもかけなかった邪魔が入ってしまったのである。用務員のおじさんを捜しているキリモミ君達をめざとく見つけて近付いてきた人物がいたのだ。見かけはどこにでもいるようなさえないオヤジであったが、そいつが近付いて来るのに気が付いたウズラちゃんは小声でそっとキリモミ君にこう言った。
「タバコ屋のハチよ。嫌な奴が来たわ。キリモミ君、知らん顔してなきゃ駄目よ。」
すでに知っている人には改めて説明もいらないのだが、『タバコ屋のハチ』といえばこの町では有名な『路上の贋町会長』であった。本当は町会長でもないくせに、町会長のような顔をしてしょっちゅう町中をふらつき、そこらじゅうに顔を突っ込んできて、いたる所でゴシップを収集し、食い物にして生きているまるで妖怪のような奴だった。
キリモミ君は歩きながら小声で聞き返した。
「どういう奴なの? あいつ。」
ウズラちゃんは顔をしかめて答えた。
「あいつはまったく鼻持ちならない人間よ。周りの他人の不幸が楽しくて仕方ないんだわ。とにかく、キリモミ君、いい? あいつはこちらが言いたくないことをどうにかしてでもこちらの口から言わせようとしてくるわ。それがあいつの狙いなんだから、あいつの言うことは無視するか、まともに答えたら駄目よ。」
そんなことを話しているうちに、タバコ屋のハチはニヤニヤと笑いながらやって来た。そして、ウズラちゃんと分かっていて近付いて来たくせに、すれちがう寸前でいかにも今ハッと気が付きました、というように驚いて見せて目を丸くし、大きな声を上げた。
「やあ、これは! ウズラちゃんじゃないか!大変だったみたいだねぇ。知ってる? 用務員のおじさんのこと。これからは何か困った事があったら町会長のこのアタシになんなりと相談しなさい。」
ウズラちゃんは黙って知らん顔をし、通りすぎようとした。ハチは続けた。
「そっちは学校の方角とは違うんじゃないかな。それとも忘れ物でも取りに帰るところかな?」
ウズラちゃんは黙っていた。ハチはさらに続けた。
「町会長のこのアタシが三丁目のトミーとヤスから聞いた話じゃあここのところ君が学校に行ってないなんて噂があるらしいが、まさかそれは本当なんてこと、ないだろうねぇ。学校に行かないなんて言えば、お父さんやお母さんに怒られるだろう?」
ハチはウズラちゃんの両親がいないことを知っていてこんなことを言っているのは明らかだった。それでもウズラちゃんは黙っていたが、キリモミ君はとうとう我慢が出来なくなって、こう言った。
「怒られる? とんでもない。怒られるどころか、ついさっきたいそう褒められておこづかいをもらったくらいさ。」
ハチは眉間にしわを寄せて言った。
「おこづかいだって? 本当はどこかからくすねて来たんじゃないのか? 見過ごせないな。どれ、町会長のこのアタシに見せてごらん。」
キリモミ君はポケットの中に手を突っ込んでゴソゴソとやっていたが突然「あった!」と声を上げて手につかんだものをハチの鼻の先に突き出した。ハチは鼻の上の眼鏡をズリ上げてキリモミ君の手の上にあるものをじっと見つめたが、それがネズミのチューだと気が付いた瞬間、甲高い悲鳴を上げて逃げて行った。
その情けない格好を見てウズラちゃんは笑い転げたが、そのとき急に何かを思い出したようにおじさんの家のかつて玄関があった場所の近くの大きな石に駆け寄って行って、足を踏ん張ってその石をずらした。ウズラちゃんは息を弾ませながらキリモミ君に言った。
「私とおじさんはここによく伝言を置いていたの。何かおじさんの手がかりがあるかも・・・。」
そして、ウズラちゃんはそこにおじさんの字で書かれたメモを見つけた。かなり急いで書いたような筆跡だった。

私は無事だよ。丘の上のチンザ君に会いに行きなさい。そこで落ち会えるかも知れない。

 そして、そのころ例のスカーフにサングラスの女とヘラヘラ男は、ある筋から得た情報に愕然とし、再びキリモミ君を捜し始めていた。そして先程『路上の贋町会長』とキリモミ君が一戦を交えた場所に彼等が到着したころにはキリモミ君達の姿はもうどこにも見当たらなかった。



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