その日の朝、いつものようにウズラちゃんは、お父さんとお母さんに連れられて家を出た。小さな子供のころのおぼろげな記憶ではあるが、その日の両親の様子は確かに何か変だったのである。ウズラちゃんの手を握るお母さんの手がいつもよりずっと強く握っているように感じられたのだ。保育園で両親と別れたときも、お母さんは何故か何度も何度もウズラちゃんの方を振り返り、一方、お父さんはどうしたことかウズラちゃんの方を一度も見ようとしなかったのだ。そして、それが最後に見た両親の姿だった。
その日、夜になっても両親は迎えに来なかった。そして、保育園の先生に連れられて家に帰ってみると、・・・家は跡形もなく壊されてしまっていて、・・・いつまで待っても両親は帰って来なかったのだ。いつまで待っても・・・いつまで待っても・・・。
ウズラちゃんが両親について、幾つかの事を知ったのは何年も経ってからのことだった。お父さんとお母さんが二人とも『大いなる機械』で何か重要なものの開発に携わっていたこと、そして、それが紛失してしまい、両親がそれを持ち出して逃げている犯罪者にされていること・・・。
ウズラちゃんは強烈なめまいにおそわれて倒れそうになった、が、腕の中に抱えているキリモミ君の存在を思い出して・・・どうにか持ちこたえたウズラちゃんは、ふたたび目の前の光景に直面することになった。
「ひどい、こんな・・・。あんまりだわ。おじさんは何も悪くないのに!」
ウズラちゃんはそう叫び、目に涙をためながら走りだして再び隙間の中へと入って行った。

ウズラちゃんの姿が見えなくなると、荒れ果てたおじさんの家の前に、どこからともなくスカーフを被った女が現れた。こんな朝からサングラスをかけ、冷徹な風貌のその女は、独り言のように言った。
「まるで見捨てられたように放置されていたこの空き地に、こんなちっぽけな家を建てて住んでた男・・・。くだらないわ。」
そんな彼女の後ろから若い男がヘラヘラしながらついて出て来た。
「へへ、先輩のいうとおり、ウズラとかいうあの子供、やっぱり現れましたね。さすがぁ先輩だ。へっ・・・」
スカーフの女はキッと鋭い目つきでヘラヘラ男を黙らせるとハンドバッグから無線を取り出し、表情のない声で用件を伝えた。
「例の少女がここに現れました。はい、確かに腹話術人形を抱えています。・・・は、分かりました。『しばらく様子を見ろ』、そういう意味ですね。」
女はヘラヘラ男を従えて立ち去ろうとしたが、そこでふと足を止めてつぶやいた。
「あの子、似てるわ。そう、特に父親にそっくり。」
そして二人も立ち去り、そこにはただ寂しい風だけがいつまでもくるくると回っていた。



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