丘の上で

 その日、丘の上に出掛けたキリモミ君は、すっかり気持ち良く晴れ渡った青空の下、草を静かに揺らす風に吹かれて佇んでいるチンザ君を見た。今ではそのお地蔵さんらしさも板についたチンザ君は、頭の上に止まったトンボとともに、いつまでもじっと動かず遠くを見ているようだった。キリモミ君は、チンザ君にこれまでのすべての物語を話して聞かせるつもりで丘を登ってきたものの、そんな様子のチンザ君を見ると、話して説明するまでもなく、チンザ君はすべての事の成り行きをずっと見ていたのだと言うことに気がついて、そこで引き返すことにしたのだ。
 この丘は『かの有名な金持ち』によって買い取られ、ここに生まれた小さな自然の命のために保全されることになった。そして少しずつではあったが、かつての古い町の残骸は撤去されていった。丘のふもとではあの口は悪いが気のいい運ちゃんが、そんな仕事を請け負って汗を流していた。彼は丘を降りてくるキリモミ君に気がつくと、顔に満面の笑みを浮かべて大きく手を振った。彼は丁度、一軒の古い廃屋を解体する作業のために構造を調べている最中だったのである。「危険だから手を出さずに黙って見ていろ」と言われたキリモミ君はそんな運ちゃんの作業をじっと見ていたが、・・・このとてつもなく静かな何もない古い家の中に入り込んで見ているうちに、・・・一本の柱に目が行ってしまったのである。それでもしばらく我慢していたキリモミ君だったが、その手が動き出すのに数分とはかからなかった。そして、その手が予想どおり、ポケットの中の錐へと伸びて行くのをネズミのチューは見逃さなかった。
キリモミ君は錐をつかんだかと思うと、チューに向かって言ったのだ。
「ねえ、チュー。いい柱だねえ。見てごらんよ、これ。とってもいい柱だよ。」
チューはキリモミ君のポケットを飛び出して運ちゃんのそばに駆け寄り、叫んだ。
「だめだよ! おじさんが言ってたじゃないか。手を出さずに見ていなきゃダメだって!」
キリモミ君は柱をさすりながら運ちゃんに聞いた。
「ねえ、おじさん。この柱に穴を開けてもいいかなあ。」
運ちゃんは振り向いて大きな声で言った。
「危ないぞ、勝手に手を出すなって! 意味のないことをやるな!」
しかし、もう既にキリモミ君は錐を持って柱に穴を開ける態勢に入っていた。
「まず、穴を開けてからだね。それからその穴を何に使うか考えればいいと思うよ。」
そう言ってキリモミ君は柱に穴を開け始めたのだ。チューは叫んだ。その瞬間、今まで絶妙なバランスの上に成り立っていたこの静かな空間は、柱に開いた小さな穴の中に一気になだれ込んでしまったのだ。

 そして、次の瞬間・・・。キリモミ君は再び歩きはじめていたのである。

おしまい



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