黄昏の館(一)

 午後の柔らかな光に包まれていたその町に足を踏み入れたウズラちゃんとキリモミ君はその風景の美しさに驚いてしまった。ここには実に沢山の木があり、道端にはきれいな花が切れ目なく咲いていて、まるで町全体が大きな公園のようであったのだ。芝生が敷きつめられた小高い丘がいくつも連なり、微妙な濃淡の光と影のその中に一軒の大きな洋館が建っていて、これがこの町の主(あるじ)とも言える『かの有名な金持ち』の屋敷であり、この町は彼と八人の従者だけが住む、家としてはかなり大きく、町にしてはちょっと小さな町だったのだ。
屋敷の方から走ってきた昆虫のような形の電気自動車で迎えられたキリモミ君一行はあふれるほどの美術品で埋め尽くされたこの館の奥の部屋に通されて、大きな車椅子に腰掛けた小柄で年老いた主(あるじ)と対面することになった。
「私が、」と主(あるじ)は言った。「かの有名な金持ちだ。君たちのことは聞いて知っておる。そろそろ現れるころだと思って待っていたんだ。」
キリモミ君は目を白黒させながらポケットの中のチューに言った。
「ねえ、チュー、僕は『かの有名な金持ち』っていうあのおじいさんのことを知らないのに向こうは僕たちのことを知ってるんだって。てことは僕たちは一体どれほど有名なのかな?」
それを聞いた主(あるじ)は突然凍りついたように動かなくなってしまった。
周りの八人の従者は慌てたように顔を見合わせた。そのうちの一人が肘でつつかれて押し出され、緊張した面持ちで主(あるじ)の背後にそっと歩み寄ると、気合いを込めて背中を突き飛ばした。主(あるじ)はガクンと大きく揺れたが意識が戻ったようにハッとして再びキリモミ君達を見つめた。
「これ、そこの小さな女の子や。お前の御両親は素晴らしい人だった。この黄昏の館はお前の御両親の力によって救われたのだ。お礼をしたい。聞いた話によるとこれからまだまだ長い道のりを旅するそうだが、道中すべてのお金の心配は無用だ。…『施しは受けない』と言いたそうな顔だな。お前の父さんもそんな顔をしていたよ。これは施しではない。お前の父さんへの借りを返すだけのことだ。」
そう言った主(あるじ)は窓辺へ車椅子を進め、そこから外の景色を眺めて独り言のようにつぶやいた。
「見てごらん。この景色を。この美しさを金に換算できるか? 金なんてくだらん。金を見ても涙は出ないがこの景色の美しさには・・・。」
消え入るような主(あるじ)の声に目をあげたキリモミ君は確かに年老いた主の目から光るものが流れ落ちるのを見たのだった。



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