八年前の記憶

 やがて夜明けを迎えようとしている町。その湿った空気の中、人気(ひとけ)の無い通りを大きなリヤカーを引いて足早に通り過ぎて行く人影があった。そのリヤカーの男は、辺りに誰もいないことを確かめると、滑らかに速度を落として、そしてそこからわずか三歩で完全に立ち止まった。男が小さな声で合図をすると、リヤカーの中から腹話術人形を抱えた小さな女の子が顔を出し、その腹話術人形のポケットからはネズミがチョンと顔を出した。女の子は用心深そうに辺りを見回しながら腹話術人形を抱えて通りに降り立ち、そこで深呼吸をした。
リヤカーの男は小さな声でつぶやくように言った。
「二時間も経てば、きっとキリモミ君も目を覚ますよ。」
彼は霧の中に音も無く消え、あたりで小鳥の声が歌い始めたとき、突然、まるで地鳴りのような『大いなる機械』の始動音とともにこの町もいつもと同じ夜明けを迎えた。
しかし、ちょうどこのとき、キリモミ君とウズラちゃんは、自分たちの身辺に得体の知れない魔の手が近づいていることにまだ気がついていなかったのである。
 ウズラちゃんは真っ先に用務員のおじさんの家へと急いだ。というのも昨夜から何かとても嫌な予感がしていたからだ。ウズラちゃんは眠っているキリモミ君を抱いたまま、また建物と建物のわずかな隙間に入り込み、複雑に交差する狭い隙間を何度も曲がってしばらく進んで行った。そこでようやく隙間を出て、用務員のおじさんの家があったはずの場所を前にしたウズラちゃんが見たものは、無残にも取り壊され、すっかり荒れ果ててしまったおじさんの家だった。するとその光景を見た瞬間、ウズラちゃんの記憶の中で八年前のあの忘れられない出来事がよみがえってきたのである。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送