あったりめえの関所

 用務員のおじさんは仕事に戻る支度をしながら言った。
「キリモミ君にひとつ約束してもらいたいことがある。ご覧のとおり、この部屋にはたいした物は何もない。だけどここにある物はすべて、あるべき所にあって果たすべき役割を担っているんだよ。そうすることによってこの部屋は成り立っているんだ。それを忘れないでいて欲しい。いいかな、決して部屋の中の物を変な場所に動かしたり、本来の目的以外のことに使ったりしてはいけないよ。」
おじさんはそう言って玄関を出かかったが、不安になったのか、もう一つ、付け加えた。
「やっていいことか、いけないことかウズラちゃんに聞いてみてからやるといいと思うよ。」

用務員のおじさんは学校に戻って行ったが、ネズミのチューは不安だった。なぜならおじさんのこの部屋は、あまりにも静かで、窓から入る光の加減くらいしか変化がなかったうえに、興味をひくようなものも何も無かったからだ。こんな部屋でキリモミ君がじっとしていられる訳がない。じっとしていられなくなったキリモミ君がし始めることといったら・・・。それはチューには楽に想像できることだった。チューはどうにかしてそれは阻止したかったのだが、小さな女の子『ウズラちゃん』は一言もしゃべらず、さっきからただ窓の外を見ているばかりだったので、チューとしては頼りに出来るものが何もなかったのである。
目を白黒させていたキリモミ君の手が動き出すのに数分とかからなかった。その手が予想どおり、ポケットの中の錐へと伸びて行くのをチューは見逃さなかった。
キリモミ君は錐をつかんだかと思うと、チューに向かって言ったのだ。
「ねえ、チュー。いい柱だねえ。見てごらんよ、これ。とってもいい柱だよ。」
チューはキリモミ君のポケットを飛び出してウズラちゃんのそばに駆け寄り、叫んだ。
「だめだよ!おじさんが言ってたじゃないか。ウズラちゃんに聞いてごらんよ!」
キリモミ君は柱をさすりながらウズラちゃんに聞いた。
「ねえ、ウズラちゃん。この柱に穴を空けてもいいかなあ。」
ウズラちゃんは窓のそばから振り向いて小さな小さな声で言った。
「必要がないことはやっちゃだめだわ。」
しかし、もう既にキリモミ君は錐を持って柱に穴を空ける態勢に入っていた。
「まず、穴を空けてからだね。それからその穴を何に使うか考えればいいと思うよ。」
そう言ってキリモミ君は柱に穴を空け始めたのだ。チューは叫んだ。その瞬間、今まで絶妙なバランスの上に成り立っていた静かな空間は柱に空いた小さな穴の中に一気になだれ込んでしまった。


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