得意な科目

 教室の机のところに座っていた生徒が一斉にこちらに振り向いた。まだ10歳にもならないというのにその子供達の表情は大人びて見えた。もちろんチューはキリモミ君のボロ服のポケットに空いている穴の一つからこの光景を覗いていたのだが、それでもちょっとぞっとしたものだった。
だいたいチューはキリモミ君が学校に行くなどとは思ってもいなかった。そんなことを事前に聞いていたら、まず、絶対に強く反対し、抗議して、それでもキリモミ君が学校に行くというのならキリモミ君と行動を別にすることも辞さなかっただろう。
・・・が、とにかく、キリモミ君はもう学校に来てしまったのだから、子供嫌いのチューには隠れているよりほかに方法がなかったわけだ。
 生徒一人一人の個性を伸ばしていこう!というスローガンを掲げたこの学校にやって来たキリモミ君に対しての最初の質問が『君の得意な科目は?』ということだった。
キリモミ君には『科目』というのがどうも飲み込めていなかったのだが、『得意な』という言葉を聞いて、とっさにポケットから自慢の錐(きり)を取り出して、教師の目の前の机に穴を空けて見せた。教師は突然のことに面喰らったが、すぐに気を取り直してキリモミ君を技術科室に案内したのだ。
技術科室にキリモミ君が入って行ったときも、生徒達は一斉に振り向いた。ポケットの中のチューはまた、震え上がってポケットの底の方に縮こまってしまった。
新入生であるキリモミ君は、『とにかくじっと見学しているように』、と言われたのでしばらくは生徒達のすることを目を白黒させながら眺めていたのだが、やがて生徒達が材木に錐で穴を空け始めたのを見たキリモミ君は、とてもじっとしてなどいられなくなってしまったのだ。キリモミ君はポケットの中のチューに言った。
「チュー、見てごらんよ。僕のほうがあの子供達より何倍も早いや!」



キリモミ君はチューが止めるのも聞かずにしゃしゃり出て行ってしまった。そして、子供達の材木をあっと言う間に穴だらけにしてしまったのだ。
生徒達の猛烈な抗議の声で事態に気がついた教師がやっとのことでキリモミ君の首根っこを掴まえたときにも、キリモミ君はまだ錐(きり)で穴を空けていた。
教師はキリモミ君に対して叫ぶような声で怒鳴った。
「お前は一体何をしているんだ!ただ穴を空けりゃいいってもんじゃないんだぞ!釘を打つために穴を空けているんだ。いいか!決められた所に穴を空けろ。それ以外はやるな!」
キリモミ君は不服そうに言った。
「これは僕の得意な科目なのに・・・。」
教師は目を三角にして言った。
「お前のそれは科目じゃない。ただの特技か趣味か、手癖と言うんだ。いいからお前はしばらく見学しているんだ。分かるか?見学というのは見て学ぶことだ。」
そうして、仕方なく見学していたキリモミ君だったが、見るだけで何もさせてもらえないことが苦痛でたまらなくなったキリモミ君は鼻を鳴らして「ふん。なるほど、そうなのか。」とつぶやいたかと思うと、突然、叫び出した。
「歯車よ、回り続けろ!ほかのことは考えるな!」

何事かと振り返った一同を全く気にする様子もなくキリモミ君はポケットの中のチューに話しかけるように言った。
「見てごらんよ、チュー。学校が人間を賢くするためにあるなんていう時代は終わったんだよ。この学校でやっていることっていうのは『ひとりひとりの個性を伸ばす』とか言っているけど、結局はあの『大いなる機械』にとって必要な部品を作ることなんだね。歯車よ、回り続けろ!ほかのことは考えるな!そういうことさ。」
この学校でのキリモミ君の記憶はここで一時途絶えてしまう。
今になって思うことだが、どうやらこの発言が原因のようだった。キリモミ君はカッとなった教師と『かしこい子供達』に取り囲まれたかと思うと、バラバラに壊されてゴミバケツにほうり込まれてしまったのだ。
「まったく君って奴は…。」
チューは呆れた様子で無残な姿のキリモミ君に言った。
「相変わらずのその世間知らずには困ったもんだね。壊されたくなかったら発言は慎まなくっちゃ。」
チューはため息をつき、そしてどこかに走って行った。

やがてキリモミ君は掃除当番の子供達に運ばれ、さらに用務員のおじさんの手に渡ったが、そこで行方がわからなくなった。
用務員のおじさんに言わせると『朝にはなくなっていたので夜の間に何者かに持ち去られたのだろう』という。
目撃者は誰もいなかったが、どうやらその手口からして、キリモミ君を持ち去ったのが、その生みの親であることは間違いないようだった。
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