ボロは着てても…(二)

 見回してみれば、実に整然とした町だった。
町並みだけではない。住んでいる人々の服装もまた、整然としていた。
町の表通りを歩いてみれば分かることだが、どの家も同じ色の壁だったし、どの窓にも花が飾られていた。
この町を訪れた人はみな口々に「美しい」「きれいだ」を連発した。どうやら町の住人たちもそう言われるとすごく嬉しそうだった。

 まあ、こんな町だったからボロ服のキリモミ君にとっては大層居心地が悪かったのだ。やって来て早々に、警官からひどい扱いを受けたキリモミ君だったが災難はそれだけにとどまらなかった。キリモミ君を見る人々の目は、明らかに嫌悪の色に満ちていたし、どうやらすぐに通報されるらしくて、例の警官にしょっちゅう追い回された。ポケットの中のチューが常に警戒しているのでどうにか捕まることなく済んでいたが…そんな毎日を過ごしているうちにとうとうチューの方が参ってしまったのだ。
「もういいかげんに疲れちゃったよ。こんな町にはこれ以上いられやしないさ。」
青い月明かりの中でチューは弱々しく言った。もう、真夜中で町の明かりも消えてしまっていた。今ではひっそりとして人影のなくなった建物の陰でキリモミ君とその肩の上に乗ったチューはこれから一体どうしたものかと考えていたが、そんなとき、どこかで声がしたような気がしてチューはビクッとした。耳をすましてみると、やっぱり何者かの声がした。
「やあ同志、元気かい?」
そう言っているのだ。
チューはキリモミ君にそっと耳打ちした。
「誰かが僕たちに声をかけているよ。」
そう言われてキリモミ君はあたりを見回した。
その声の主は、やがて月明かりの中に音もなく、ゆっくりと、まるで舟のように大きな荷車を引っ張りながら現れた。ちょうど顔の部分が陰になっているので人相はよく分からなかったが、ボロ服を身にまとったその男はキリモミ君たちの前で止まった。
「ボロ服の腹話術人形ってのは君のことか。やっとお目にかかれたね。」
キリモミ君は目をパチパチさせてその男を見た。
「僕はあんたのことなんか知らないのにどうしてあんたは僕たちのことを知っているのかな?」
男はキリモミ君の声が大きいとでも言いたいように口に人差し指を当てながら言った。
「君のことはすっかりこの町の人々の間では噂になってるからね。だけど『僕たち』ってのは…ああ、そのネズミのことか。」
チューは何か言いたそうな顔をしたが、男はそんなチューの様子を察したらしく、それを打ち消すようにしゃべり出した。
「ずいぶんひどい目に遭っているようじゃないか。俺に言わせりゃ君たちはこの町での決まりを心得ていないんだね。君の服装だよ。そいつが原因なんだ。そんなボロ服で昼間から町中(まちなか)を歩けば、そりゃあポリ公のお世話になるってもんだぜ。」
キリモミ君はそんなことを言っている男の格好をまじまじと見ながら言った。
「あんたの服も僕の服とたいして変わらないように思うけどな。」
男はまたキリモミ君の声が大きい、とでも言うように口に人差し指を当てながら言った。
「だから同志って呼んだんじゃねえか。いいかい?俺たちみたいなボロ服着ている奴はこうやって夜中に人目につかないようにしていなきゃなんねえわけよ。何故かって?知らないよ!そう決まっているのさ。いいかい?そう決まっているんだ。会社の社長は社長らしい服を着るし、事務員は事務員らしい服を着るんだ。労働者は労働者らしい服、店員は店員らしい服、教師は教師らしい服、床屋は床屋らしい服、セールスマンはセールスマンらしい服、世の中そうやって決まっているのさ。分かるだろ。そうすりゃ道を歩いていて向こうから来る人の服装を見るだけでどんな人なのか分かるってわけだ。俺みたいなボロ服着ているのは夜中にゴミを集めて回ったりするような人間に決まっているのさ。君も・・・いいか、俺みたいなことしたくないんならもっと違うまともな服を着なよ。ほら、この中を見な。」
男は自分が引っ張っていた大きな荷車の中をキリモミ君に見せた。そこには沢山の古着が入っていた。
「どれでも好きな服を着なよ。ちょっとばかし汚れているかもしれないがどうにかなるぜ。」
男はキリモミ君に好きな服を選ばせると、「もう俺は休ませてもらうよ、朝が近いからな。」と言ってまだ暗い町の闇の中に消えて行った。



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